2013年3月30日土曜日

オートマティック機能を満載した近代カメラ

良い写真とは、そこに写っている世界に入ってみたくなるような、あるいは、知らないうちに、われを忘れて写真と話し込んでいるような、画面の中からいくつもの言葉が聞こえてくるような写真のことをいうのではないでしょうか。ところで、長いこと写真を撮っていると、ちょっと変わった体験をすることがあります。自分の撮ったネガの中に、なぜこんなものが写っているのか分からないというコマが混じっていて、それが意外に面白い写真だったりします。これには、いくつかのことが考えられます。たとえば、あるカットをあるシャッタースピードで撮ったあと、条件の違う別の場面で、うっかりそのままのシャッタースピードで写してしまった場合などです。

具体的な例でいえば、ある人物を室内で十五分の一秒で撮ったあと、明るい廊下に出て歩いているところをカメラに納めたが、絞りにばかり気を取られていて、シャッターはそのままで撮ってしまった。あるいはストロボを焚いたが、シャッタースピードが遅かったので背景がブレた、といったようなうっかりミスのケースです。または、教会で新郎新婦が人垣の間を歩いてくる様子を連続して撮っていて、自分の前を通過する瞬間、近すぎてダメだと思ってカメラを目から離し、ノーファインダーでシャッターを押してしまったようなとき。

あるいは、ヽ風景や人物写真を撮っていてシャッターを切った瞬間、思わぬ人や車がカメラの前を横切ってしまったとき。そのほか、カメラをバッグから出そうとしてシャッターボタンに触れてしまったり、二台のカメラを首や肩に下げて使っていて一方のカメラのシャッターを手や肘で押してしまったなど、急いでいたり焦っていたときの事故などです。写真を選んでいるときにべ夕焼きの中にこういうコマを見つけると、まず最初にルーペをそこに持ってゆきます。当然ながら、大きくブレすぎていたりピントが合っていない場合が多いのですが、中に思わぬ拾いものに出くわすことがあります。こういうコマのことを、仲間うちでは「神様がシャッターを押してくれた写真」と呼んでいました。そんな写真に出会ったときは、なぜそうなったかを思い出し、次に意識的に同じような写真を撮ってみます。

その場合{カラーで再現すると、より効果がはっきりし、面白い写真ができます。夕景や夜景をバックに人物を撮るとき、スローシャッターにしてストロボを焚き、わざとカメラを動かして背景をブラしたり、レンズをズーミングさせながらストロボを焚いてやると、ちょっと変わった写真が撮れます。失敗の経験も上手に使えば、単純な被写体を面白くすることもできるのです。以前は失敗を繰り返すことで撮影のノウハウを蓄積していったものですが、いまのカメラには、さまざまなケースにも対応できる機能が内蔵されているので、説明書通りに操作さえすれば、昔は神様がシャッターを押してくれたと思っていた写真も、誰もが間違いなく撮れるようになりました。そのかわり、失敗のたびに神様が与えてくれるヒントを頼りに、工夫を凝らす楽しみはなくなったともいえます。登山のつもりが、いきなりヘリコプターで山頂に運ばれてしまうようなものです。

もしお手許に、父親や祖父が大事にしていたカメラがあったら、一度、挑戦してみたらどうでしょう。昭和四十年代初め頃までにつくられたカメラで、まったくオート機能の入っていない、いまや「クラシックカメラ」と呼ばれているアレです。露出が心配だと思われるかもしれませんが、白黒やネガカラーフィルムなら、ほんの少し要領さえ覚えれば、さして心配はいりません。まずは数本撮ってみてください。オートマティック機能を満載した近代カメラが撮った、きれいに揃ったネガよりも、露出に多少のデコボコはあっても、写真の面白さや楽しさが味わえるはずです。