2016年3月8日火曜日

弁護士費用の負担者

そこで出てきたのが、改革審の意見書にも出てきた「弁護士費用の敗訴者負担」の議論です。せめて弁護士費用くらいは負けた被告に払わせようというものですが、ただ、これはあくまでも、勝つべき者が勝てる制度が前提になければ逆効果で、証拠収集手段の抜本的強化なしにはまったくナンセンスであるということだけは、ここで指摘しておきます。

いずれにしても現在では、当事者が裁判のために費やした血のにじむような労力は、決して金銭的には報われないことになっています。「裁判官は、立証のために被害者側かどれほど苦労するかにあまり理解がない」というのが、多くの弁護士の不満としてあるのです。

裁判官にしてみれば、「裁判に勝って名誉を回復できればそれでいいではないか」、「勝訴というお墨付きをもらえば、それはもう有り難いことなのだから、それ以上何か要るというのか」というのが彼らの感覚かもしれません。しかしそれでは、「有り難く判決書をちょうだいしろ」などと言われているような気持ちになってしまいます。

むしろ、賠償金を払ってもらうことになろうものなら、ご近所の人まで寄ってたかって攻撃するようなところがあります。「お前はそんなにまでして金が欲しいのか」などと罵られます。そうした種類の騒ぎが、一九八三年に三重県で起きた「ある隣人訴訟事件」をめぐってまき起こり、全国的に問題となったことがありました。

2016年2月8日月曜日

医療行為と流れ

医療行為は、生体の異常な流れを是正することを目的として行なわれるものであるが、生体にカテ上アルのような異物を装着することを伴うことも多い。この場合、治療の目的になっている疾患と直接の関係がない形で日和見感染症が生じることがある。これは、医原性疾患ということができる。こういう場合カテ上アルを取り除くだけで、感染症が自然消滅することもよくある。しかし、いうまでもなくこの場合、本来の治療の対象となっていた疾患に対する治療は中断される。

要するに常在微生物による日和見感染症は、健康な宿主生体が保有していると考えられる排除反応を、起こせない要因があるときに生じるともいえる。したがってこの要因を取り除けるかどうかが、日和見感染症の治療が成功するかどうかを決めている。

とくに病原体を異物として見た場合、身体が不要なものを体外に捨てる機構を、改めて排除反応として考えてみよう。たとえば、咳やくしゃみのような反射といわれるものや鼻汁や涙とか痰などは、病原体に限らず異物を除去しようという反応の産物である、と理解するのが自然である。

そしてこれらの排除反応が、感染症や伝染病の症状であることが多いのも当然である。宿主生体にとって異物でしかない病原体が増殖すれば、排除反応も強く起きて当然である。同時に伝染病の場合には、この反応が、病原体を新しい宿主へと受け渡すのに役立っていることにも注意すべきである。結局、患者の排除反応が感染環の成立に必須になる。