2015年8月10日月曜日

急激に労働需要が拡大

この高度成長は、日本経済の戦後復興を完了させただけでなく、日本経済を世界の主要な工業国として位置づける事になったまさに飛躍的な期間であった。この期間は日本の歴史にとって特筆されるだけでなく、世界の経済発展の歴史の中でも注目される一時期として記憶されることになるだろう。

日本的な雇用慣行や賃金慣行が日本の産業界にひろくゆきわたり、定着する事になった背景には、実はこのめざましい経済成長が深くかかわっているのである。第二次大戦後、復興・再建への道を必死で模索し、苦闘していた日本経済は、この時代に入ると設備投資の蓄積と世界貿易の拡大とがうまく噛み合う好運に恵まれた。急速に拡大をはじめた輸出が生産を増やし、雇用を生み所得を増加させ、消費を増やすという国内経済の拡大につながって経済成長は急速に加速していった。

生産が急速に、しかも持続的に増大するので、企業は解雇や人員整理に明けくれたそれまでの暗い時代の厳しい態度とは打ってかわって雇用を増やしはじめた。多くの企業が一斉に雇用を増やしはじめたので、都会の労働力はたちまち吸収されてしまい。企業は全国各地に若い労働力を求めて求人活動を展開するようになった。

大都市や工業地帯を中心に急激に労働需要が拡大していったため、全国各地から若い労働力が陸続と大都市や工業地域に流入した。これは急速に成長する企業の熱心な採用活動の結果でもあった。企業人事・労務担当者の仕事は、それまでのような解雇や労働争議の調整は過去の話となり、もっぱら労働力の確保に集中する事になった。

こうした状況が高度成長の下で持続されたために、人々は企業に入れば長期に雇用が保障されるのは当然と思うようになった。労働力確保に懸命になっている企業には人員整理や雇用調整など考えるヒマもなかったからである。いわゆる終身雇用の社会的通念はこうした状況の中で生まれ、日本中にひろまったのである。

2015年7月8日水曜日

国際金融業務の実体

国際金融業務の実体は日々変動・発展する国際金融取引が中核であって、国際金融論は主体が取引実態の把握、その外側に歴史・制度・機構が位置する全体構成となっているからである。そのため、主要内容が変動するとともに、その内容の各部分の比重が時に応じて劇的に変化するからでもある。国際金融市場が第二次石油危機の混乱から徐々に脱して、順調に展開しはじめたかにみえた一九八二年の夏、突如として世界の国際金融市場を震憾させたのは、メキシコの債務支払い不能事態の発表であった。

原油価格が急激に引上げられても、産油国のふところに貯まったオイルーダラーを順調に世界市場に回転・還流させてゆくことができれば、結局は国際金融市場はうまく機能してゆくだろうという、一応の安心感がゆきわたった時に、メキシコ問題が勃発した。それは、あたかも天上の予定調和運動をふいに攬乱するかのように、発展途上国累積債務爆発が突発し、八二年八月以降、すべての先進国の銀行・金融機関は日夜、累積債務問題の悪夢にさいなまれるようになったのである。